アイアンマン西オーストラリア2009(バッセルトン)
ほろ苦かったアイアンマンデビュー   N.SUGIMOTO

2009/9宮古島の大会要項が発表になり、なんと65才の年令制限により出場不可となってしまった。
この事は同時に自分にとって、ロングの世界から足を洗うか否かの選択を迫られた出来事であった。
結局、燃え尽きるまでやらないと後悔するかもしれないとの結論に達し、熟慮の末?
WAアイアンマンに申し込んだのだった。とは言え自分にとって初めてのアイアンマンで何といっても
スイムが不得意の自分にとって3.8kmは初めてで、わくわくと同時に恐怖でもあり新たな挑戦であった。
西オーストラリア州の中心都市パースから南におよそ250km、バスでサバンナを南に延々と3時間半、
着いたところが木造の桟橋で知られるバッセルトンであった。高層ビルがない小さな清潔感のある
田舎町である。以前は木材の輸出港であったとの事であるが今は観光地との事、空はカラッと晴れ渡り
日差しが強いが暑さを感じない。そしてハエの多さがやけに気になった(放牧の国である事で納得しよう)。

(スイム)
スイムは観光の名所ともなっている木製の桟橋(1841m)を一周するコース。朝、快晴ではあるが肌寒い、
水温は21℃程度であろうか(宮古より冷たいと思った)手足が冷たくなる。6:00プロがスタートした後
の15分後に約1200人が一斉にスイム開始。スタートラインの幅は広く宮古の様な激しいバトルも無い。
とにかく気持ちよく泳ぎきる事が今回の課題だった自分にとってまずは上々の滑り出しであった。
過去のパターンではどうしてもスタート直後は知らず知らずにピッチが上がりバトルも加わり500m程度
で息が上がり今ここにいる事を後悔したりする。未知の距離に備え最初から全くピッチを上げることなく
淡々と出だしたのが良かったのだろうか。右オープンの自分にとってこのコースは常に桟橋が見え目標を
見失う事が無く安心出来る。殆んどヘッドアップする事もない。水深はどこまで行っても2〜4m程度と
変わらない、そして水質、透明度は良くくっきりと海藻や岩が見えいたってきれいだ。身体が前に進む
のがわかる、海流も少し味方してるみたいで気持よく進む。腕を伸ばし水を壊さないようにゆっくり引き
よせる。海面を遊泳している気分にさえなれ、今試合中である事を意識してなかったかもしれない。
桟橋が途切れ折り返し点に着いた。後は陸地を目指すだけだ。気になっていた折り返し後の海流も(逆流)
もさほどでない。あと何キロ、と残りを数え耐える思いも無くいたってマイペースだ。やがて陸地が見えて
左旋回の地点に達した頃、潮が逆流に変わった。進まないのは直ぐわかる。同じ海藻が何時までもそこに
いるからだ。ピッチを上げ海流に勝つしかないのだ。まだがんばる力は残っていたし陸が見えるので励み
になった。陸地に到着していつものように今来た後ろを見渡した。まだ後ろに泳いでいる人がいる事を
確認して安堵し上陸したのだった。 



(バイク)
気がかりだったスイムが予想以上に快適に終わり、もう殆んど完走を疑う気持は全くなかった。
したがって今からのバイクはガシガシがんばってみたいと思った(全くフラットなコースと聞いてたし)。
バイクコースは全くのフラットな60kmの3周回である。朝の気温が低くバイク立ち上がり時の冷えを
考えレーシングウエアは濡らさず全てスイム後に着替えた。やがて朝の涼しさから次第に本来の強い日差し
が照り注ぐ。アスファルトの路面は結構荒れていて路面抵抗が大きく頑張っているほどにスピードが出ない。
遮るものが無い平原では常に風はあり、疲れてくると何時も向かい風に感じる。快適に飛ばした(頑張った)
のは100kmまでだった。どうした事だろう。予想もしてなかった100kmでの異変!!。突然右脚の4頭筋、
そして間もなく左も痙攣したのだ。走りを変え様子を見るも一向に改善の兆しはなくバラ色が一瞬に苦しい
戦いと変わってしまった。その後の残り80kmはこれまでにないつらい走りとなってしまった。バイクの
ゴール地点では脚が攣りまくり、歩けるようになるまで10分は掛ったであろうか。

(ラン)
制限タイムまではまだ8時間半以上ある。そのうち走れるようになるだろう、と落ち着き払っていたが
全く走る動作もできない。3時間も歩いただろうか、次第に歩いている自分に嫌気がさし、12km地点で
リタイヤする事としたのだった。なんとも微妙な気持で終わる結果となった。この全く想定外の結末は、
暑さを感じない乾いた暑さの渇きに気が付かず水分補給を怠った為、だけだっただろうか。